[1.また会えたね]


今日1日の授業が終わり、帰宅部のエドワードは教科書をしまうと、教室から飛び出すように駆け出した。
クラスメイトの何人かが「今日はデートか?」とからかってくるのを適当にあしらい、
早速自転車に乗って自宅近くのスーパーへ到着した。


今日はロイ兄と10年ぶりに会う日だ。
旨い物でも作って、久々の日本に早く慣れさせてやらねぇとな。

エドワードが5才の頃まで、隣の家にはロイ兄と呼んでいた14才年上の青年が住んでいた。
家族ぐるみの付き合いをしていたが、ロイの父の仕事の都合で外国に引っ越してしまったのだ。

だが、偶然エドワードの父、ホーエンハイムが遺跡発掘の仕事で訪れた国でロイの父と再会し、
ロイが近々仕事で日本に引っ越す事を聞いたホーエンハイムは、日本で1人家を守るエドワードと
一緒に住んでみないかと提案した所で話しがまとまった。


母、トリシャはエドワードが幼い時に病気で亡くなり、弟のアルフォンスはホーエンハイムの仕事に
興味を持ち、発掘に同行する事が多かった為、エドワードは1年のほとんどを日本で1人過ごしている。

当然エドワードは家事の全てをこなし、食事もなるべく手を抜かないように心がけていたが。

これから当分ロイ兄がいるから、ご飯を作る楽しみも出来たし、張り切ってやる!!

食料を買い込んで自転車のカゴに乗せると、後ろで束ねたポニーテールを風に揺らして。
ロイの好きだった物は何だったかと記憶をたどりながら、献立をもう一度整理しつつ帰宅した。


 「すっかり遅くなってしまったな」

 急な仕事の連絡が入り、予定していた飛行機に乗り遅れてしまったロイは、
夕方にはエドワードの元に到着する予定が、今は夜10時を回ってしまった。


「ああ…懐かしいな」
ロイの暮らしていた家は今は別の人が住んでいたが、昔と変わらずにそこにあった。
そして、隣に住む金色の子供2人。
特にエドワードは意地っ張りで負けん気が強く、よく手を焼いたりもした。
でも本当は、とても心優しく純心で…。
ロイはエドワードをとても気に入っていたのだ。

あのくるくると表情の変わる金色の子供は、一体どんな少年になったのかと、
会うのをとても楽しみにしていた。

「おや?」
エドワードの待つ家に到着したロイは、玄関に座っている金色の少年に気付いた。
月の光りに照らされて、白い肌が透けるように浮き上がり、金色の髪も艶やかに光って見える。
そっと近付くと、少年はドアにもたれたまま、すやすやと眠っている。
ロイはクスリと笑い、自分の上着を彼にかけてから肩を揺すった。

「エド?」
呼ぶと金色の睫毛がピクリと揺れて、ゆっくりと瞼が持ち上がり、美しく輝く金色の瞳がロイを見た。
「………ロイ兄…」
ふわりと笑ったエドワードに、昔のあどけなく笑っていた彼の面影を感じて。
「ただいま」と言うと、 「お帰り」と返ってきた。


[2.お互い様?]


翌朝エドワードはリビングのソファーで目を覚ました。

昨夜はロイと遅めの夕食を済ませ、昔話しをしている内に盛り上がってしまい、
朝方近くになってそのままソファーでうとうとと眠ってしまったのだ。


いつの間にか自分に布団が掛けられていた
ロイがエドワードの部屋まで行き、持ってきて掛けてくれたのだと分かる。

もう1つの3人掛けのソファーを見ると、ロイが眠っていた。
エドワードの家系にはない、黒くてサラサラと流れるロイの頭が見える。
漆黒の綺麗な瞳は、昔、子供の頃にいつもエドワードに笑いかけてくれた温かな瞳と今も変わらない。

「本当に…ロイ兄なんだよな…」
つい口からポロリとそんな言葉が出てしまうと、ロイの肩がかすかに揺れている。
「…起きてたのかよ?」
ムスッとしながら聞くと、笑いをこらえて震えていたロイがこちらを見て。
「今、起きたんだよ。私は1人だけだから本物だよ?」
「…っ…分かってるよっ!!」

怒ってぷいっと顔を反対に向けてしまう所は昔と変わらない。
ロイはクスクスと笑いながら、エドワードの顔を覗き込む。
「エド?」
「……何?」
「今日は新しいお店に色々案内してくれるのだろう?そろそろ出かける準備をしようか」
「あ!!そっか!!」

多忙なロイは今日1日は休みが取れたが、明日からまた忙しい毎日を送るようになる。
だから今日は思い切り羽根を伸ばせるようと思っていたのだ。
「もうすぐお昼だな、食事は出かけてどこかで済まそうか」
「分かった!!すぐに用意する」
エドワードは部屋に駆け上がると、早速来ていた服を脱いで準備を始めた。

昼食を済ませ、この10年で新しく出来たお店にあちこち案内し、休憩を取ろうとカフェに入る事にした。
「さすがに…何時間も歩くと疲れるな」
「もうオヤジなんじゃねぇの?」
ニシシと笑うエドワードに苦笑いしながら、「こら」と、彼の頭をコツンとこずくと、
店内の他の女性客から「きゃーっ」と奇声が上がった。

そう、外出してからずっと、エドワードはすれ違う女性達の熱い眼差しが全てロイに向かっている事に気付いていた。
このカフェに入ってからも女性客がみんなロイの方を気にして、正直隣にいても視線が痛い。
「…ロイ兄、あんたモテ過ぎなんじゃない?」
「…そうかい?」
「うわ~っしらじらしいっ!!」

ストローをくわえてジュースをズルルッと勢い良く飲み干すと。
「もう行こうぜ!!」
と、言い残してさっさと外に出てしまい、ロイはまた苦笑いしながら金色の少年の後を追った。

彼は気付いていない。
私に注がれていたとされるその視線の半分は、エドワードを見ていたと言う事に。
しかも彼の場合、女性だけではなく男女問わずに、だ。

相変わらず自分の事には無頓着な彼も、見ていて楽しいのだが。
「少し、危機感を持った方が良いかもしれないね…?」
「んあ?何だよ危機感って!?」
「まぁ、知らぬが仏とも言うな…」
「はぁ?」


 自覚するにはまだ遠い…。


[3.ぼくたちの] チビエドアルとロイ兄


家からその公園までは車が通れない細道で繋がっていたので、
エドワードとアルフォンスはよく遊びに行っていた。

近所の人もよく利用する公園だった事もあり、母、トリシャも安心して兄弟を遊びに行かせられたのだ。

エドワードがこの公園を大好きなのは、遊び以外にも理由があった。
ロイの大学からの帰り道にこの公園があるので、ここに居ればよほどの事がない限り、
いつでもロイと会えるのが大きな理由だった。


もうすぐ、ロイ兄と会える。
お日さまが赤く変わったら、黒い髪と瞳をお母さんと同じ栗色にしたロイ兄がここを通るんだ。
エドワードはアルフォンと一緒にブランコをこぎながら、公園の前の通りをずっと眺めていた。
あのフェンスの向こうに、もうすぐ…。

「「あっ!!」」
アルフォンスと一緒に叫んだ。
ちょうどロイが前の通りを、夕焼けで髪と瞳を鮮やかな栗色に染めて歩いて来た。
でも、その後ろに…

「あのひと、だあれ?」
「…しらない」
アルフォンスが聞いてきたけど、エドワードにも分からなかった。
ロイは、女の人と楽しそうにお喋りしながら歩いていた。
「なかよしだね!!」
「…うん」
ロイがこちらに気付き、いつものように手を軽く振りながら2人に向かって来た。
当然、女の人も一緒に。

「ただいま、エド、アル」
「おかえり~」
アルフォンスはにっこりと答えたが、エドワードはうつ向いたままロイを見ようともしなかった。
「とっても可愛いお友達がいるのね、ロイ。初めまして」
一緒にいた女の人が話しかけてきた。
「はじめまして!!」
と、元気良く言ったのはアルフォンスだけで、やはりエドワードは何も言わない。

「エド?どうしたんだい?」
「……」
ロイが聞いても返事もせず、視線も合わせない。
こんな事は初めてだった。
「疲れちゃったのね、きっと。それじゃあ帰るわ、またね」
「ああ、あいつに宜しく」

女の人は手を振って先に帰ってしまった。
エドワードは、自分が何も言わなかったせいであの女の人に嫌な思いをさせてしまい、
先に帰ってしまったのではとロイの方を不安げに見ると。

「ん?大丈夫だよ。彼女はこの近くでご主人と待ち合わせしていたからね」
「…ごしゅじん?」
「彼女は私の友人と結婚しているから、エドとアルのお父さん、お母さんと同じなんだよ」

エドワードは「う~ん」と考えて、理解出来たのかホッとした顔をして、次にロイを見てにっこりと笑い。
「じゃあ、ロイ兄がボクのごしゅじんになってくれる?」
 一瞬驚いた顔をしたロイは、次にクスリと笑って。
「大人になったらね」
やった!!と、エドワードはロイに飛び付いて来た。
「ずるい!!ボクも~」
アルフォンスも横から割り込んできて、3人はロイを挟んで手を繋ぎ、賑やかに公園を後にした。


「…さっきから人の顔見て何ニヤニヤしてんだよ?」
「いや?別に…」
 本を読んでいると、話しかけても全く耳に入っていない彼を見て思い出した、10年前の出来事。


[4.大切だから]


くっそ~!!


今日は日曜日。
ロイは休日も仕事が忙しくて出勤し、エドワードは以前から観たかった映画に友達と行った帰りだった。
その電車の中で、ポニーテールのせいなのか、一見華奢に見える外見のせいなのか、エドワードはよく痴漢に合っていた。

でも必ず相手を取っ捕まえていたので、少しはスッキリする。
それでも、やっぱり知らないヤツ…しかも男に、身体をおかしな触り方をされるのは気持ちの良い物じゃない。
そして今、まさにオレは痴漢に合っていた。

一緒にいた友達のリンはさっきの駅で別れたので、今のオレは1人。
んで、つい今さっきから人のケツを撫でているのは多分斜め後ろのヤツだ。
…何で、俺が男だって気付かねぇの?
同じ男のケツ触って捕まるなんて、後で後悔する事になるのにバカだよな~。
次の駅まで後少しの所で痴漢男の手を押さえつけようとした時。

「いててててーっ!!!」
痴漢男が叫び声を上げた。
「エド!!大丈夫か?」
「ロイ兄!?」
痴漢男の腕を後ろに捻って締め上げているロイ兄がいた。

その後駅員に痴漢男を連行してもらって事情聴取。
一時間ほどで終わって帰宅出来た。


「君はよく痴漢に合うのかい?」
少し話しをしようと言われてソファーに2人で座ると、ロイ兄が聞いて来た。
「ん~まあ、たまに電車に乗ると大抵は…かな」
それを聞いた途端、ロイ兄を取り囲む空気が変わった。
「もう、電車に乗るのはやめなさい」
「ええっ!!何でだよ?他にも痴漢に合ってる女の人なんて沢山いるじゃねぇか!!」
「…駄目だ」
「!!…でも、俺男だぜ!?痴漢野郎だって今頃がっかりしてるって!!」

ロイは深くため息をついた。
男だと分かっていて触ってきたと何故思わない?
自分が男から性的対象に見られるとは微塵も感じていないエドワードに、どう説明すれば良いのか…。

「エド、今日私は休日だったから仕事が早く終わり、偶然君を見つけたら…あんな光景を見てしまった」
「…うん」
「私は、君のあんな姿をもう見たくはないし、君に嫌な思いを二度としてほしくないんだよ」

金色の瞳を間近で覗き込みながら、彼に自分の気持ちを理解して欲しくてゆっくりと言葉を繋ぐと、
大きく見開いた黄金の美しい瞳が揺れた。

「…うん、ごめん。心配してくれてたんだよな……分かった」
 髪と同じ色の長い睫毛を伏せて、少し顔を赤らめ、尖らせた唇で小さく答えた。

ロイは、その表情を食い入るように見つめてしまった。
胸にざわり、と、ある感情が動き始めたような…。

「ロイ兄?」
「…ああ、分かってくれて嬉しいよ…」

いつものようににっこりと笑ったロイは、先程の違和感を胸にしまい込んだ。


[5.ほしかったもの] チビエドとロイ兄


アルフォンスが熱を出してしまい、母、トリシャはここ数日弟にかかりきりだった。
エドワードは心配だったが遊び相手もおらず、母を取られたような気がして、
1人で公園に行くと言って家を出てきた。


でも公園に来ても1人で遊ぶ気にもなれず、いつも右に曲がる道を今日は反対に曲がり、
初めての冒険をしてみる事にした。


知らない道をどんどん先に進むと建物が無くなり、寂しい場所に変わって来る。
エドワードは少し怖くなり、元の道に戻ろうとしたけど、自分が何処の道から来たのか分からなくなってしまった。

「どうしよう…?」
不安に押し潰されそうになりながら、辺りを見回してみても見た事のない所で。
前を見ると、いつの間にか一匹の野良犬がエドワードを見据えていた。
ゆっくりと歩き出し距離を縮めて来ると、何処からかその犬の仲間らしい野良犬も2匹現れて、
牙を剥いて唸り声を上げ、エドワードに近付いて来る。


怖い…!!

立ちすくんだまま動けずにいると、一匹が飛びかかって来た。
「…助けて!!」
「ギャン!!!」
その犬はエドワードの目の前で叩き落とされた。

「エド、おいで!!」
「…ロイ兄…!!」
エドワードがロイの後ろに隠れて長い足にしがみ付くと、黒いオーラを放ったロイが
犬逹を睨み付け、圧倒された3匹の犬は尻尾を巻いて走り去った。


「すごい…ロイ兄!!」
「大丈夫かい?エド」
ロイがしゃがんで顔を覗き込み両手を差し出すと、エドワードはロイの胸に飛び込んでシャツを握りしめた。
「うん!!怖かったけど、大丈夫だよ」
「そうか…間に合って良かった」

ロイはホッと安堵し、胸に顔を埋める小さな身体を抱きしめると、
背中に回りきらない幼い手が震えながらしがみついてきた。


本当なら、大きな声を上げて泣いてしまえば早く心の整理がつくのだろう。
だが、彼は泣かない。
まだ産まれて数年の幼いこの身体で、いつもどんなに辛くても、じっと耐えているのだ。

ロイは、エドワードの額に柔らかなキスを落として。
「僕がいるよ…」
「…?ロイ、にぃ…?」
きょとんと見上げてくる可愛い瞳に微笑みながら。

だから、僕の前では泣いていいんだよ?
そう囁くと、エドワードは泣きそうに顔を歪めて。
に、咲き誇るひまわりのような笑顔になった。

「…うん、泣きたくなったらロイ兄の前で泣く!!」
ちゅっと、頬にキスを返して、首に絡みつくように抱きついた金色の子供。
ロイは、この子供をずっと守って行きたいと思った。

「さぁ、アルが熱を出しているのだろう?僕もお見舞いに行くよ」
「本当!?アルよろこぶよ!!ありがとう、ロイ兄」

エドワードはロイにくっついたままで家まで連れて行ってもらい、それを見たトリシャに呆れられてしまった。

その時の感情が10年後の今、違う形でゆっくりと動き出していた…。


[6.気付きかけた気持ち]


今日の学校の授業は午前中だけで終わり、寄り道をしたエドワードが友達と
ハンバーガーショップで無駄話しをしていると。

「偶然だな」
後ろから聞き慣れた低い声が聞こえたので振り向いた。
「あれ?ロイ兄」

ちょうど仕事でこの近くに来ていたロイが、昼食に軽くハンバーガーでも食べようと立ち寄ったのだった。
「友達かい?」
「うん、ダチのリンにエンヴィーだぜ」
宜しく、と、お互いの挨拶が終わった所でエドワードが。
「この辺りで仕事だったのか?」
打ち合わせなどで色々な会社に出向くと聞いていたので、今日もそうだろうと検討を付けて尋ねた。
「そうだよ。注文して出来上がるのを待っていると、金髪を見かけたから君だと思ってね」
「金髪なんてどこにでもいるぜ?」
「いや?この色は君だけだよ…」
ロイはエドワードの髪にそっと触れると、指に絡めて微笑んだ。

「なぁロイ兄、時間大丈夫なのか?」
「ああ、外に車を待たせてあるからそろそろ行かないとな…」
名残惜しそうに彼の金髪を一撫でしてから手を放し、腕時計で時間を確認してから
エドワードの友達にも挨拶をして行きかけたが。


「そうだエド、今日は早く帰れそうだよ」
「マジで!?じゃあ美味い物作って待っててやるぜ」
「楽しみにしているよ…。では行って来る」
「おう、行ってらっしゃい」
ヒラヒラと手を振って見送り、姿が見えなくなった所で前に向き直すと。
「何だ?お前ら…?」
さっきまで一緒に騒いでいた2人が、目と口をぽっかり開けたまま固まっている。

「あのサ…エド?」
リンがおそるおそる聞いてくる。
「何だよ?」
「2人って、新婚さんみたいだったよね~」
言い切ったのはエンヴィー。
 「しっ…ん、こん!?」

リンが横で頷き、エドワードは自分でも何故か分からないまま、
ボンッと音がするほど一瞬で顔が真っ赤になった。



「お帰り!!」
言っていた通り、いつもより早く帰宅したロイを玄関で迎えた。
 「ただいま。今日は楽しかったかい?」
そう聞かれ、エドワードはエンヴィーに言われた事を瞬時に思い出し、
また顔が赤くなってしまったのでついそっぽを向いてしまう。


ロイはそんな可愛い仕草に目を奪われながらも、どうしたのかと尋ねると。
「…新婚さん、みたいって…あいつらに言われたんだよ…」
「……ほう?」
まぁ、確かにそんな会話やコミュニケーションにはなっているのかもしれないが。

「あ、ネクタイ外してやるよ。ロイ兄鞄で両手ふさがってるし」
手を伸ばし、繊細な動きでスルリとネクタイを外すエドワードの顔を眺めながら、
こんな結婚生活なら楽しいだろうな、と思った自分に驚く。

「出来たぜ」
「…ありがとう」
ロイは少し屈んで、彼の頬に触れるだけのキスをした。
「……んなっ……!?」
「新婚なら、こんな感じだろうな?」

悪戯が成功した子供のような笑顔でロイが笑うと、
エドワードは先程よりも、もっと顔を赤くしてふるふると震えながら。
「じっ…冗談で、こんな事すんなーっ!!」
 大声で叫んでキッチンへと走り込んでしまった。

ロイはクスクスと笑いながら。
…では、本気なら良いのかい?

そう、考えてしまった自分に気付き、愕然とした…。


[7.期限付きの]


最近、エドワードは眠れない日が続いていた。

正確には夜眠る事が出来ず、その結果学校でぐっすりと睡眠を取る事になってしまっていた。

しかし授業中眠っていても、彼の成績が学年1なのは変わらなかった。
しなやかな身体は運動に向いていそうだが、面倒だと言う理由から運動部には入っていない。
その分体育でその柔軟さを発揮していたのだが、寝不足が仇となってしまった。

「あ~、やっちまったぜ」
保健室で赤く腫れた足を氷水で冷やしつつそう呟く。
「これは絶対に病院に行かなくては駄目よ?」
「いや、大丈夫だから!!」
保健担当医にしつこく言われたが、エドワードは隙を見て片足で教室まで戻ってしまった。

「エド、大丈夫なのカ?」
「心配ねぇって!!」
リンを始め、珍しい彼の怪我にクラスメイト達が心配して声をかけたが、エドワードは
何でもない事のように笑って答えていると。

「エドワード君、あなたの保護者の方が…」
担任の先生がそう言いながら教室に入って来ると、後ろから血相を変えたロイが続いて教室に入った。

「ロイ兄!?何で…仕事は?」
今日は確か大切な会議があるからと早めに出社していたのだ。
「先生から連絡を頂いて今日はもう終わらせた。それよりも、足を見せてみなさい」
ロイはひざまづいてエドワードの足を持ち上げ、赤く腫れてしまった足首に目をやると、優しく指を這わせた。

「…いっ…」
「エド、病院に行くよ」
「ええっ!?嫌だ~!!」
叫ぶよりもロイがエドワードを抱き上げる方が早かった。

「では、彼を連れて行きますので」
「降ろせ~!!」と暴れてわめくエドワードをよそに、ロイがにっこりと微笑んで見せると、
女性の先生やクラスメイト達が頬を赤く染めて。

「頑張ってね!」「気をつけて!」と、気味悪いほどに機嫌良く送り出された。
「何っっで、おんぶじゃないんだよ?」
「足を痛めているならこの方が良いだろう?」

ロイの車に乗るまでお姫様抱っこで校内を歩かれた為、女子生徒に「きゃあきゃあ」と騒がれて恥ずかしくてたまらない。
病院に着くとすぐに検査をされ、結果骨に小さなヒビが入っていただけだと分かり、ロイはやっと安堵した顔を見せた。
そして帰宅すると松葉杖があるにもかわらず、自宅近くの駐車場から家までまたお姫様抱っこされてしまった。

「近所の人に見られるじゃねぇか!!」
「ご近所の方なら私達の事をよく知っているだろう?」
結局好きにしろよ状態で帰り着き、ロイがエドワードをソファーに降ろそうとすると、袖口を引っ張って手を止めさせる。

「エド?」
「…えと、今日はゴメンな…」
小さく、頭をロイの胸に押し付けたままで言った。

先程まで怒っていたのに…。
顔を覗くと、赤くなった頬を見られないように必死で隠そうとしている姿が愛らしい。
 「あやまる必要は無いよ。早く治して元気になってくれれば良い」
 隠してもまだ見えている赤い頬を撫でながらそう言った。

エドワードは、包み込まれるような心地良さに深く息を吸い込んだ。
ロイ兄の、匂いがする。
子供の頃、よくロイに抱きついていた時に嗅いでいた、懐かしい匂い。

守られていたあの頃。今もまた、俺を守ってくれている。
きつかまた、失う日が来るのだろうけど。
そう考えただけで、胸がズキリと痛む。

 一瞬だけロイのシャツを握り、気付かれないようにそっと放した。

やり場のない気持ちを抱えたまま、今日も眠れない夜を迎える。


[8.小さな軋み]


「ロイ兄大好き!!」

「僕もだよ、エド」

幼い頃はいつもそんな事を言っていた記憶がある。
抱きついたり、嬉しいと頬や唇にキスする事もあった。
もちろん、アルの見ている前では恥ずかしくてやらなかったけど。
ロイからされる事もあった。
でもそれは、俺が子供だったからで。
では、今は…?
いつもここで堂々巡りしては眠れなくなっていた。
ロイ兄にとって、俺はまだ子供だから…?

ロイはエドワードの担任の先生に彼の事で学校に呼ばれた。
仕事の合間に時間を作って学校に寄り、担任との話しを終えてから仕事に戻ったが早めに帰宅した。

エドワードと一緒に夕食を終え、彼に話しを切り出す事にした。

「エド。今日学校に行って話しを聞いてきたが、最近学校で眠ってばかりだと聞いたぞ?」
「…ええっ!?」

担任が言うには、ここ最近の彼は授業中に寝てばかりの毎日で、
元々成績の良い彼は順位を下げる事はないが、授業態度としては注意を受けた。

足の怪我も睡眠不足が原因では?と、聞いては、ロイとしては黙ってはいられない。

「君は最近夜何をしているのかな?」
「え~…色々…」
「色々?私はエドの部屋から何かしているような物音を聞いたりしていないが…?」
「……色々…考え事とか、あるから…」
「そうか…」

思春期を迎え、彼も今の事や将来の事、さまざまな事を考え悩んでいるのだろうと理解した。
しかし、人間は夜睡眠を取らなければ体調も壊しかねない。
そこでロイは今度の休み、安眠グッズを買いに行こうとエドワードに切り出した。

「こんな物で本当に眠れるのか…?」
「アロマテラピーや枕、ん?抱き枕もあるな」

デパートの安眠グッズコーナー。
不眠に悩む女性が多いので、その種類は様々だ。

「何かどれもピンと来ねぇ…」
「物は試しだろう?」
ロイは店員を呼び、並べてある商品を1種類づつ、全てを購入した。

「ロイ兄ってさ、普段無駄遣いしないのに、買うとなると惜しまないよな…」
「そうかい?ま、それなりに稼いではいるからね」

家計を握るエドワードとしては、やはりロイは金銭感覚が少し常識離れしているのでは?と思ってしまった。
2人で両手一杯の荷物をトランクと後部座席に詰め込み、隣で運転するロイをエドワードは横目で見た。

もし、眠れない原因がロイ兄の事を考えるからって言うと、ロイ兄は絶対俺の前から居なくなるだろ?
また、急に居なくなったら。
そう考えただけで…。

「エド、疲れたのかい?」
ロイは彼の様子が突然おかしくなった事に気付いて声をかけた。
「…あの、さ」
「うん?」
「こんなに沢山買ってくれたのって…もしかして、またロイ兄どこかに行ってしまうのか?」
「!?…いや、何処にも行かないよ?まだまだお世話になるつもりだからね」

悪戯っぽくウインクしながら答えるロイに、エドワードは少しだけ安心した顔を見せ、
「そっか…」と、独り言のように呟いた。


そんな彼を初めて目の当たりにし、ロイは2人の間に出来てしまった10年の空白に、
まだ埋められていないない深い溝があると今気付いた。


「そうだ!!俺読みたい本があったんだよ」
「…本など読んでいると君の事だ、余計眠れなくなるのではないかな?」
「う~…ちゃんと読んで眠るようにするから…」
口を尖らせて可愛く拗ねられては、買わないわけにはいかない。
「約束だよ?」
いつもの彼に戻り、ロイはエドワードのおねだりに車を本屋に走らせた。

「いや、多いから…」
と、言うエドワードの言葉を無視し、彼に50冊もの本を買い与えた。


その約束を守ろうと、エドワードは色々と試して徐々に夜眠れるようになった。


[9.僕が知ってる真実]


ロイ兄が引っ越してしまった。

ロイ兄のお父さんのお仕事の都合だって言ってた。
アルはいっぱい泣いたけど、僕は泣かなかった。
だって、他に人がいたから。
僕が泣くのは、ロイ兄の前でだけだから…。

エドワードは、今日も1人で公園に来ていた
いつもロイを待っていた公園に。
ブランコに乗って待っていた事、砂場でトンネルを作りながら待っていた事、かくれんぼをしながら待っていた事。
あの時のワクワクした気持ちを懐かしく思いながら、思い出を胸に刻んでいた。

ロイ兄は約束してくれたんだ
僕が大きくなったら、必ず会いに来てくれるって。
だから、大丈夫。
今は寂しいけど、また会えるから…。

夕方になると、お母さんがアルと一緒に迎えに来てくれた。
僕とアルはロイ兄が居た時みたいに、お母さんを挟んで手を繋いで帰った。

そんな時、お母さんが病気だと分かった…。

病院に行ったけど、もうどうしようもないって先生に言われた。
それから暫くして、お母さんは天国に行ってしまった。

アルもお父さんも泣いたけど、僕は人前では泣かなかった。泣けなかった。
だから、1人になった時だけ泣いたんだ。


「兄さん、あの公園懐かしいね」
「ん?…そうだな」

7年前、ロイが引っ越してお母さんが亡くなって、大切な人が2人も居なくなってしまった。
そして、お母さんのお葬式のあった日から、エドワードは公園に行く事をやめた。

「あれから一度も行ってないの?」
「ああ、近くを通る事はあったけどな」
もう思い出は必要無いと、公園には足を踏み入れていない。

アルフォンスは、少し寂しそうに公園に視線を向けた兄の横顔を見て、
今でも兄がロイ兄を待っているのだと気付いた。


「兄さん…会いに行きなよ!!」
「ええ!?」
「ロイ兄に!!住所も知ってるんだから、いつでも会いに行けるじゃない!?」
「いいんだよ。いつかまた会えるから」
「でも…手紙くらい、書けばいいのに」
「いいんだって。それよりさ、また明日からオヤジの仕事に付いて行くんだろ?ちゃんと準備しておけよ」
「うん…兄さんも一緒に来ればいいのに」
「俺はここにいるよ」

笑いながらそう言い切った兄は、遠くを見つめていて。

ああ、そうか。
兄さんは、ここで待っていたんだ。
いつか会える事を信じて。

「兄さんって、一途だったんだね」
「んなっ…!?」

顔から湯気が出そうなほど、真っ赤になった兄に。
「もし、ロイ兄が兄さんの事を忘れていたら、僕がロイ兄を殴りに行くからね!!」
と、アルフォンスは物騒な宣言をした。


「ロイ兄に会ったの!?」
たった今父から聞いた言葉を、アルフォンスはすぐには信じられなかった。
「ああ、ロイ君が日本で仕事をする事になったらしくてな、
エドワードのいる私達の家に住ませて欲しいと言ってきたんだよ」


ホーエンハイムの調査団は海外でも有名で、ロイはエドワードの父に連絡を取った。
アルフォンスも父に付いて来る事が多いと知ると、ロイは是非エドワードと一緒に住ませて欲しいと申し出たのだ。

「ロイ君なら大歓迎だともう返事をしたのだけど…どうだ?」
「どうだって…もう返事したんでしょ?もちろん僕もロイ兄なら大歓迎だよ!!」

そして、2人の同居話が決定したのだ。

良かったね、兄さん
ロイ兄は忘れてなかったんだね。

その後、意地っ張りなエドワードが素直にロイを迎え入れるようにと、偶然ロイの父に会った事にしたのは
エドワードの性格をよく知るアルフォンスの入れ知恵だった。


[10.伝わらない想い]


「ただいま」

と、言ってももう夜中の2時過ぎで、明日も学校のあるエドワードはとっくに眠っている時刻だった。
最近また仕事が忙しくなり、帰宅が遅くなっていた上休日返上で働いていたのを見かねた部下が、
明日休みを取らせてくれたのだ。

今日までの仕事を溜め込まない為に全て片付けていると、こんな時間になってしまった。

ロイが帰ると、いつも玄関のライトを灯してあるのが彼らしい気遣いで。
キッチンに入ると食事も用意してあり、後は温めるだけですぐに食べられるようにしてある。
普段おおざっぱでぶっきらぼうな彼だが、実は丁寧で繊細な部分も持っており、
そのアンバランスな所も彼の魅力だと実感した。


ロイは朝早くからの出社が続いていたので、もう5日間彼の顔を見ていなかった。
元々勤め出してからはずっと1人暮らしで、寂しいなどとは思った事もなかったが。
ここに来て彼と生活するようになり、彼がいて当たり前の生活になって初めて、
同じ家に居ても会えないもどかしさと、1人でいる孤独を感じるようになった。


温め直した食事を手早く済ませ、片付けている時に視界に入った金色の髪。
まさか、と思いながら、引き寄せられるようにそちらに歩いて行くと。
彼は、1ヶ月前にロイが買い与えた本を片手に、リビングのソファーでぐっすりと寝息をたてていた。

いつも束ねている背中まで伸びた金髪は下ろされ、
Tシャツにハーフパンツ姿から覗く手足は、すらりと伸びて闇に白く浮き上がっている。
昼間の彼は子供の頃と同じ、太陽のような輝きを放っているのに。
夜の彼は美しく色華を放ち、魅惑的な妖しささえ秘めていた。

まるで別人かと思わせるその姿に、目眩がしそうだった。

白く艶やかな肌は、触れればしっとりと手に馴染みそうで、
薄く開いた唇から漏れる吐息を、自分の呼吸と合わせられたなら…。

今更ながらに自覚する。
私は、彼を…。

ロイが、魅せられたままエドワードに手を伸ばしかけた時。
「…う、んっ…」
甘くこぼれる声とともにエドワードが寝返りを打ち、彼の前髪が白い頬にサラリと流れる。

その前髪をロイは手にすくうと、キスを1つ。
そして吸い込まれるように、唇にキスを。
「んっ…んあ?」
「ああ、起こしてしまったかね?」

一瞬だけ別の顔をしていたロイは、今はもういつもの優しい笑顔で語りかけた。
「…えと、お帰り…」
「ただいま」
「今…?」
「ん?お休みのキスだよ」
「…!!…子供じゃねぇっ!!」

真っ赤になってパンチを繰り出しているエドワードは、キスされた事よりも子供あつかいされた事に腹を立てている。
ロイは彼のパンチを素早くかわしながら、にっこりと笑い。
「待っていてくれたのかな?」
「…っ…別にっ!!」
そんな赤い顔で瞳をそらせていては、認定したも同然だと思うが…?

今すぐに、抱き寄せたい。
…だが。

「エド、これからは待っていなくていい」
「え?…何で?」

無防備な君の姿を見ていると、自分を止められる自信がないんだよ。
苦笑いしながら「部屋で寝なさい」と言ってリビングを後にしたロイは、
ショックを受けてたたずむエドワードに、気付く余裕さえな無かった。


「何だよ…俺はもう、子供じゃねぇよ…」

ロイにキスされた唇の感触が、いつまでもそこに残っていた…。


[11.狂った秒針]


平日、いつも通りの夕方。

帰宅して玄関のドアを開けると、ロイが目の前で倒れていた。
エドワードはスーパーで買って来た買い物袋や、学校の鞄を投げ捨ててロイに駆け寄った。
「ロイ兄!大丈夫か!?救急車呼ぶか!?」

大きな身体を揺さぶると、少し赤くなった頬のロイが、苦しそうな顔で瞳をうっすらと開いた。
「ああ…お帰り」
「お帰り、じゃなくてっ!!」
今にも泣き出してしまいそうな顔でロイを叱りつけると、ロイの手が伸びてきて、
慰めるようにエドワードの頬をするりと撫でた。

「心配いらないよ、ただの風邪だから…」
「…風邪!?」
おでことおでこをコツンと当ててみると、かなり熱が高いと分かった。

「病院まで歩けるか!?それか、薬買って来ようか!?」
「病院は行って来たよ。だが、ここで力尽きてしまったようだ…」
 苦笑いして見せたロイの肩越しに、確かに病院から処方された薬の入った袋が転がっているのが見えた。
「じゃあ、こんな所で寝てても酷くなるだけだ。部屋まで歩けるか?」
「…何とかなるだろう」

ロイが立ち上がるのを体格差でふらつきながらも手伝い、肩を貸して階段を一段づつ上がり切る。
ベッドへ運んだロイに、お粥を作って食べさてから薬を飲ませると、またロイは眠りについた。
「今日はずっと付いててやるから。安心しろよ、ロイ兄…」
まだ熱で辛そうな顔をしているロイの柔らかな前髪をかきあげて、額に軽くキスを落として微笑んだ。

目が覚めると少しぼやけていたが、徐々にはっきりと瞳に写り出し、ここが自分の部屋だと分かった。
確か自分は仕事中に熱を出し、あまりに酷い顔をしていたらしく、部下に、早退して病院に行って下さい。
と言われて行った記憶がある。


しかし、そこからの記憶が…。
頭を巡らせてみると、ロイのベッドの縁にエドワードがいた。
両腕をベッドに乗せ、その上に頭をこてりと預けて今は眠っている。
彼の右手とロイの左手は繋がれていた。

周りに視線を向けると、洗面器にタオル、脱いだロイのシャツもある。
身体も拭いてくれたのだろう、ベトつかずにサラリとしていた。

ロイは記憶が少しずつ蘇って来た。
彼の心配そうな顔。
自分の額に触れた、柔らかな感触。
頬を赤らめ、目をそらせながら、身体を拭いてくれた事…。

「ダメだな、誤解しそうだ…」
顔へのキスは、彼が子供の頃からのスキンシップの1つだった。
恥ずかしがったりすると顔を赤らめるのも、昔から変わっていない。
変わったのは、彼が美しい少年になったと言う事。

そして…
そんな彼を、昔とは違う意味でとても愛しいと思っている自分。

その気持ちを隠して、エドワードが成長し、自分の元から離れるまで、
彼の側にいようと思っていたのに…。

繋がれていた手が強く握られてエドワードを見ると、金色の瞳が私を見ていた。

「ロイ兄…具合、どう?」
「随分良くなったよ。ありがとう」
「そっか、良かった」

ふわりと笑った彼が、とても綺麗で。
「もう大丈夫だから、自分の部屋に行きなさい」
「…ここに居るのは、ダメ…?」
「ダメだ。うつるといけない」

これ以上一緒にいると自分を抑えられなくなりそうで、エドワードを突き放した。

彼はそれを敏感に感じ取り、拒絶されたショックに俯いてしまった。
切なげに歪められた顔を見られないようにして、「分かった」と呟き、部屋から出て行こうとした。
ロイは彼を傷付けてしまった事に胸が軋み、エドワードの腕を取って抱きしめた。

「そんな顔をしないでくれ…。君に、辛い思いをさせたくないんだよ」

エドワードはぎゅっと眼を閉じ、ロイの胸を両手で押し返して、心地よいその腕から逃れた。
「分かってる…から。…用があったら、呼んで?」
感情を圧し殺した声でそう言い残し、ロイの部屋から出て行った。

「………エド」

君を、大切にしたいのに。
私は何処で、間違ってしまったのか。

エドワードの切なげな顔が、眼に焼き付き離れなかった。


[12.本当の心]


翌日、ロイが昨日風邪で早退した為に仕事が溜まり、今夜は遅くなるとエドワードに電話をしだが、
いつもの彼より元気が無く、何かがおかしいと思い気になった。

溜まった仕事を自宅で片付けようと持ち帰り、早目に帰宅すると今度は彼が熱を出していた。

「2~3日で元気になるでしょう」
「ありがとうございました」

エドワードが子供の頃から診てもらっていた医者に来てもらうと、やはり風邪だった。
ロイの看病で移ってしまったらしい。
先生を見送ってから、彼が作ってくれたお粥を真似て作ってみたが、熱で食欲のない彼は首を振って食べようとしてくれない。
せめて水分だけでもと思いコップを口に当てたが、眉をしかめて嫌がる素振りをして、少し水がこぼれてしまった。

熱のせいで色づいた、彼の唇の端から白い首筋へ、
つう、と流れる水滴。

ロイは沸き上がる欲情を抑え、その水滴を指でなぞる。
そしてコップの水を自分の口に含み、エドワードの唇にそっと押し当てた。

小さく開いた隙間から、ゆっくりと少しづつ流し込むと。
「…んんっ…」

コクリ、と喉が鳴る。
続けて送り込むと、コクコクと全て飲み干した。
それを何度か繰り返して彼の様子を伺うと、濡れた唇から赤い舌が覗き、はぁ、と甘い息をついた。

ロイはギリギリの所で自分の欲望を抑え、次に薬と水を口に含んで流し込む。
「…んんんっ!!」
苦いのだろう、顔を先ほどよりしかめた。
彼が顔を横に背けようとしたのを制止させ、暴れ出した身体に覆い被さった。

「エド…ちゃんと飲みなさい」
 聞こえているのかいないのか、エドワードは薬を口に含んだままでじっとしている。
「…エド…」
 彼の首筋に指を滑らせると、身体がかすかに震えて、コクン、と飲み込む音がした。
「…いい子だ」
少し口からこぼれてしまった水滴を、今度は唇を寄せて吸い取ると、彼は深い眠りについたようだ。


大きな手が、俺の頭を撫でている。
少し冷たくて、でもその仕草は温かくて…。

「ロイ…兄…」
呼ぶと、唇に柔らかな感触を与えられた。
それが、気持ちよくて
「ロイ、に…」
また、唇に降りてきた。

この感触は、以前ロイ兄にキスされた時と同じ。
鼻をくすぐるのも、ロイ兄の匂い。

「…すまない。君を、愛してしまったんだ…」

耳から聞こえたロイ兄の苦しそうな声。
でも、聞こえた言葉は、俺を甘く痺れさせるのに十分で。

眠っているのに、俺はにっこりと微笑んだと思う。
ロイ兄の動きが止まったのが気配で分かる。

 「俺も…」
そう言うと、ロイ兄が息をのんだみたいだ。
「俺も…だよ」

今度は頬に、手の感触がする。
少し上を向かされて、自然に口が開くと、またロイ兄の唇が触れた。

気持ちいい。
そう思っていると、ヌルリと、何かが入ってきた。

「…っ…!!」
俺はびっくりして噛みつきそうになった。
でも、それが俺の口の中を這い回って、舌にも絡まって。
ゾクゾクと、背中から全身に、感じた事のない感覚が。

「ふんっ…あっ…」
おまけに、変な声まで出てる。
それがどうもロイ兄の舌だと気付き、俺は嬉しくなって自分からも舌を絡めて、溢れる唾液を飲み込んだ。

一瞬、動きの止まったロイ兄の舌が、さらに俺を求めるように口内を蹂躙して、激しく吸い上げられて。
幸せに、包まれたみたいだった。

「ふあっ…ロイにぃ…好きっ…」
そう言って、エドワードの意識は落ちていった…。


[13.夢か真か]


朝方まで昨日持ち帰った仕事をこなしつつエドワードの看病をしていると、
ついうとうとと眠りに落ちてしまった。


次に意識が浮上した時、自分の前髪に指が絡まったり、撫でられている事に気付いた。
その手をぎゅっと掴み、黒い漆黒の瞳でその相手、エドワードを見つめると、
彼は顔を赤らめて「また、起きてたのかよ…」と、バツが悪そうにソッポを向く。
そんな彼にロイは笑みがこぼれた。

「エド、熱は下がったようだが身体はどうかな?」
「…うん、平気」
ポツリと呟き、ロイに掴まれた手を振りほどこうとするが、ロイは放してはくれない。
エドワードは諦め、次に気になる事を聞いた。
「なあ、今日って平日だよな?…仕事は?」
「それなら朝に今日の分を部下に持って来てもらったからね、今日は出社はしない。
君も休むと学校に連絡を入れてあるよ」

「…そっか、色々ありがと…。じゃあもう平気だから、1人にしてくれない?」

これ以上一緒にいると、苦しいから。
1人にしてと確かにそう言ったのに、ロイはなぜか先程と同じでにっこりと微笑んだまま、
手を握りしめて動こうとしない。


「なぁ…?」
「ダメだよ」
痺れを切らしたエドワードが困惑気味に声をかけたが、一言で片付けられてしまった。


「…ロイ兄、ズルいぞ。俺には昨日部屋から出て行けって言ったじゃねぇか」
「出て行けとは言ってないよ?それに、昨日は君の本心を知らなかったからそう言ってしまったんだよ…」
すまなかったと、握った手にキスを落として、赤くなってしまったであろう俺の頬にもキスを。

「…っ…本心って!!ロイ兄は俺の事、何も分かってないだろ!?」
「…エド?」
「いつまでも小さな子をあやすみたいに、子供扱いしないでくれよ!!」

そう言って手を振りほどこうとしたけど、やはり放してもらえず。
「私は、子供扱いなどしていない」
「嘘だっ!ロイ兄はどうせまた居なくなるんだろ?だったら、今だけでも良いから、俺の事をちゃんと見てくれよ!!」
 今にも泣き出しそうな顔で語られた言葉は、彼の悲鳴にも似た胸の内だった。

ロイは、自分の気持ちを隠す事で彼にここまでの誤解をさせ、悩ませていたのだと思う反面、
ここまで自分を強く求められていたのだと初めて知った、震えるほどの喜び。
嫌がる彼を強く抱きしめて、この想いが届くようにと彼に話しかけた。

「私はどこにも行かない。これからもずっと、君の側にいるよ」
驚くエドワードの頬を両手で包み込む。
「本当だよ。2度と、離れたくないんだ」

金色の瞳が、ゆらりと、揺れて輝く。
その美しさに引き込まれながら。
「…愛しているんだ」

そっと唇を重ねると、エドワードの両腕がおそるおそるロイの背中に回り、
求めるようにしがみついてきて。
ロイはたまらず深く口付けると、彼の全てを奪うように激しく舌を絡めた。
「…ふっ…んんっ…」
「エド…」

愛しむように名前を呼び、彼の金色の髪をすくい、そこにも唇を付けると。
伏せられていた金色の瞳が私を見つめ返した。

「昨日のって、夢じゃ…なかったんだ?」
「そうだよ。信じてくれるかい?」

熱にうなされても忘れてはいなかった。
この感触、この匂い、この体温。
全部他にないロイ兄の全てを、間違えたりしない。


「…もし、また俺が夢だと思ったら…?」
「そうだな、今度はプロポーズをしようか」

その途端、真っ赤になって眼が泳ぎ出したエドワードにクスリ、と笑うと。

「…本気だよ」
彼の耳元で、小さくそう言うと、コクリと、僅かに彼が頷いたのが分かった。


[14.気持ちは一緒で★]


最近、ロイ兄の様子がおかしい。

いつからと考えてみれば、それは俺とロイ兄がお互いの気持ちを知った後からで…。

変に眼を逸らせたり、「おやすみ」と言った途端逃げるようにして自室に行ったり、
何かやましい事でもあるんじゃないかと疑ってしまうのも仕方ないだろ?
だから、今日こそはハッキリしてやる!!
エドワードはロイの部屋を、ノックもせずに勢いよく開けた。
 「ロイ兄!!今日は一緒に寝ようぜ!!」

横になろうとベッドに腰掛けていたロイは、唖然としてエドワードを見た。
「エド、一緒に寝るのはまだダメだと言ったハズだが…?」
「だから何でだよ!?俺とロイ兄は……その、…恋人…同士…じゃ、ねぇの?」

頬を染めて口を尖らせ、たどたどしく説明するエドワード。
そんな可愛らしい事をされれば、全てを叶えたくなるのだが。
「そうだよ。しかし、君がもう少し大人になってからだと言っただろう?」
「そうだけど…最近のロイ兄、俺の事避けてるから…」
「避けて、などは…」

確かに、そう取られても仕方がなかった。
両想いだと分かった今、お風呂上がりで石鹸の香りをさせ、火照った顔をした彼や、
寝る前のトロンとした瞳の彼などを見ないようにしていた。

直視すれば、これまで耐えてきたギリギリの理性も限界を迎えそうだったのだ。

「もう、俺の事…嫌、とか…?」
眉を下げ、悲しそうな金色の瞳を見せられて、
ロイは思わず彼の手を取り、ベッドへ引き込んでしまった。

「ロイ、兄…!!」
「…エド、私は…君を大切にしたいんだよ」
「うん、分かってる。…でも、俺は大切にされるだけじゃ嫌なんだ」

真っ直ぐに、強い光で自分を見つめてくる瞳。
求めていたのは自分だけではなく、彼も同じなのだと。

「ちゃんと俺を見て。もう、不安にさせないようにしてくれよ…」
「…ああ、約束する…」

エドワードは両手でロイの髪に指を絡め、黒い頭を自分に近付けて、唇をそっと啄んだ。
誘うように薄く開いた隙間からロイの舌が滑り込み、すぐに彼の舌と絡み合った。

「んっ…ふっ…」
隅々まで堪能したロイは、今まで焦がれ続けたエドワードの白い首筋に優しく吸い付くと、
昔の彼と同じ、甘く柔らかな香りがして。

ロイの理性は粉々に崩れ落ちた。

欲望のままに彼を求めてしまわないように、それだけで必死だった。
エドワードは、開かれる自分の身体に戸惑いながらも、敏感に反応を示した。

「あんっ…ロイ…にぃっ…」
 腰を揺する度に甘い声が自然と口からこぼれ、恥ずかしさに顔を赤らめて、ロイの首元に顔を隠そうとする。

「もっと、声を聞かせて…」
低く囁き、耳朶を甘噛みして愛撫すると、彼の身体がぶるりと震えて、全身がピンク色に染まる。

「ああんっ…やっ…」
その1つ1つの彼の素直な反応がロイを喜ばせ、楽しませてくれる。

「エド…もう、我慢出来ないよ」
ロイは絡み付く白い両足をそっと撫で、彼を強く抱きしめて腰の律動を激しくした。
中にあるモノが深く奥へ動き回り、エドワードは強い快感に身を悶えさせる。

「んんっ…あっ…あああっ!!」
「…っ…エド…」

エドワードが先に達すると、ロイもその甘美な誘いに導かれ、彼の中へと精を放った。


「平気かい?エド…」
息が整うと、ロイが心配そうに聞いてきた。
「…うん。俺はそんなにヤワじゃない」
笑って、ちゅっとロイの唇を奪うと、逞しい腕がエドワードの腰に巻き付いた。

「君を、壊してしまいそうで怖かったんだ」
ロイがポツリと胸の内を明かす。
「俺は、大丈夫だから。ロイ兄が欲しい時は、俺も欲しいんだ」
柔らかに微笑んで彼が言う。
言外に、そのまま全てを受け止める。と言われて、ロイは身体の力が抜けて行くのが分かった。

「…参ったよ」
「何?」
エドワードは、自分の中にまだ存在するロイの熱いモノが、先程よりも大きく育ったのを感じた。

「ちょっ…ロイ兄…?」
「今までの分を取り返さなくてはね…」
「…何が…ああんっ!!!」
話しの途中で深く挿入されてしまった。
「もう一回、しようか?」
「…っ!!!」


その後、一回でロイは満足出来ず、結局三回になったとか…。


[15.10年後の形]


今日は半年ぶりにアルフォンスと父が帰って来るので、エドワードは朝から家中の掃除をしていた。

普段から綺麗にはしていたが、やはり目に届かない所は結構汚れていて、
隅々まで綺麗にしてから最後の部屋に取りかかる。

そこは、ロイの部屋だった。
いくら恋人同士になったと言えど、勝手に入るのは後ろめたさがあり、いつも簡単に掃除するだけだった。

「今日はロイ兄に許可ももらってるし、そろそろロイ兄の帰って来る頃だし…」
家族が揃うので、ロイが早く帰宅すると朝言っていたのだ。
それまでに掃除を終わらせておきたかったので、早速ロイの部屋に入って掃除を始めた。
ホコリを落として棚を拭き掃除機をかけていると、部屋の隅に置かれていた旅行鞄に当ててしまい、バタンと倒れてしまった。
そして鍵が壊れてしまったらしく、蓋が勝手に開いて中の物が散乱した。

「あ~!!やっちまった…ん?」
その旅行鞄の中身は、全て手紙。
 「これ…?」
 「それはね、こちらに来る時に鍵を無くしてしまったんだよ」


突然声をかけられて、エドワードは飛び上がるほど驚き、後ろを振り返ると
いつの間にかロイが壁にもたれて立っていた。

「おどかすなよっ!!…それより!!ごめん、俺…」
「いいよ、それにその手紙は全て君に宛てた物だ」
「俺に…?」
見ると、消印は押されていないが、住所の書いてある物や書かれていない物も。
でも、確かに全部エドワードへ宛てた名前が書かれていた。

「10年間出せずにいたんだよ。もし君から返事が来れば、余計に会いたくなるからね…」
ロイも自分と同じ考えで、手紙も出せずにいたのだと初めて聞かされ、
エドワードは手紙の前で固まってしまった。

「エド…貰ってくれるかな?」
自分に宛てられた、ロイ兄の10年分の想い。
それが、形になってここにある。
「うん…。全部読むから!!」
にっこりと微笑んだ彼の瞳は、少し濡れていて。

ロイはそんなエドワードの肩をそっと抱くと、ここに越す前にアルフォンスから、
エドワードがこの家でずっと自分を待ってくれていたと聞かされた事を思い出した。

「まさか、同じだったとはね…」
「…何?」
きょとんとロイを見上げると。
「ただいまーっ!!」
 元気な声が下から聞こえて来た。
「アルだ!!」

そう叫ぶと、エドワードはするりとロイの腕から抜け出し、階段を転がるように降りて行く。
「お帰りアル!!…と、親父」
「ただいま、私はおまけか?」
玄関で親子の賑やかな声が聞こえる中、ロイが顔を出した。
「お帰りなさい…お邪魔していますと言うべきかな?」
「おお!ロイ君ただいま。エドワードは無理を言わなかったかな?」
「何だよそれ!!俺はもうガキじゃねぇ~っ!!」
「ロイ兄ただいまー!!もう兄さんたら、誰もそんな事言ってないじゃない」
ますます賑やかになり、その後も食卓でお互いの近状報告で話しは盛り上がった。


「あー、今日は喋り過ぎて疲れた」
お風呂上がり。エドワードはロイの部屋で、2人きりの時間を堪能していた。
「君は怒ったり笑ったり拗ねたり、見ていて楽しかったよ」
「…ロイ兄だって、俺と2人の時よりよく喋ってたじゃん」
「人数がいるとね。でも、私は君が居ればそれで良いよ」
彼の腰に腕を回して抱き寄せ、軽く触れ合う唇。
エドワードがロイの首に腕を絡め、もっととおねだりすると。

「ロイ君、一緒に一杯やらんかね?」
ノックも無しにドアを開けたホーエンハイムに、その光景をバッチリと目撃された。
「……!!!」

3人で目が点になり、固まっていると。
「あーあ、お父さんたら。だから今は駄目だって言ったのに…」
アルフォンスが呆れながらホーエンハイムのシャツを引っ張り、連れ出して行った。
「…アル!?ちょっ…!?」
「お、お父さんっ!!」

エドワードは何故アルフォンスにバレていたのか分からず混乱し、ロイはホーエンハイムに「息子さんを僕に下さい」と、
早くも頭を下げ、「んー、まあ、宜しく頼むよ?」と、あっさり承諾され。
そして全てを予期していたアルフォンスに、「おめでとう!!」と祝福されたとか。


[16.重なる願い]


「兄さ~ん、ちょっといい?」

「わわっ!!…アル!?」
アルフォンスが入って来たのは、エドワードとロイの部屋。
一応婚約者同士と言う事で、同じ部屋になる事をアルフォンスに提案され、今は毎晩一緒に眠っている。

そしてエドワードが慌てた理由、それは…。
「ごめん、今駄目だった?…あれ?手紙…」
「え?あの、これは…」
休日の昼下り。ロイとホーエンハイムは一緒に釣りに出かけ、エドワードは先日ロイから貰った
大量の手紙を読んでいたのだった。


「…凄いっ!!じゃあそれ全部兄さん宛てなんだ!!」
アルフォンスに説明すると、眼を輝かせて手紙の枚数を確認し出した。

こう言う…ロマンチックって言うの?
大好きなんだよな~アルは。

「200枚近くあるよ!!月に1枚書いても1年で12枚でしょ?10年で120枚…。愛されてるね~兄さんたら」
「あいっ…!!この頃は違うだろっ!?」

首まで真っ赤にして、目が泳いで慌ててる。
だから兄さんはロイ兄を虜にしちゃったんだね。

「お互い気付かなくて、でも心では想い合ってたんでしょ?熱い熱い」
「んんんなっっ!!」

あ~、今度は放心しちゃったよ。
これ以上からかうと兄が気絶しそうなので、話題を変える事に。

「兄さんは手紙書いてないの?」
「…俺も何度か書こうとしたけど、途中でやめて捨てちゃったから…」
「もったいないなー。置いておけばロイ兄喜んだのに」
「仕方ないだろ!?それに…恥ずかしいだろっ!?」

あーあ、また真っ赤になっちゃった。
結局ロイとホーエンハイムが魚を釣って帰宅するまで、エドワードはアルフォンスにからかわれ続けた。


「ロイ君、仕事の方は順調なようだな」
釣った魚をエドワードとアルフォンスが調理した夕食を食べ終えてから、食後の団欒のひと時にそんな話しになった。
「ええ、何とか軌道に乗せる事が出来ましたよ」
「しかし雑誌にも掲載されていたよ。これから急成長すると書かれてあったな」
「そうなれば良いのですが…信頼出来る部下にも恵まれているので、まだ上を目指したいと思ってます」

2人の会話を聞いて、エドワードは不思議に思った。
 「軌道に…?急成長って?」
「ロイ君はね、新たな会社を立ち上げたんだよ」
ホーエンハイムが答えると、エドワードは驚いてロイを見た。
「そんなの…、俺何も聞いてねぇっ!!」
「…すまない。もう少し安定してから君に話そうと思っていたんだよ。不安にさせたくなかったから…」
「…っ!また、そうやってロイ兄は…!!」

エドワードが悔しそうにロイを睨み付けると、見かねたホーエンハイムが割り込んだ。
「エドワード。ロイ君は将来この仕事をする為に、海外で10年頑張っていたんだよ。
以前の会社で知識と経験、十分な貯金をして、かねてからの夢を叶えたんだ」


「…!!そうなの…か!?」
「ああ、しかし2つの夢を叶える為に10年もかかってしまったがね」
ロイが苦笑いしながら応える途中、ここまで聞いて、アルフォンスがホーエンハイムをつつき、部屋に行こうと促した。


だって、せっかくのムードが…ねぇ?


[17.そして、これからも]


2人が気を利かせて部屋から出たのを確認して、エドワードがロイに聞いた。


「ロイ兄、2つ…って?…もう1つは?」
「…分からないかな?」
「分かんねぇよ…いつも隠してばっかりだから」

少しむくれながらエドワードが降参すると、ロイは微笑みながら。
「君だよ」
「…………え?」
大きな金色の瞳がさらに見開いて、ロイの瞳に自分が映る
「君が、私の願いだったんだ」
「…!!!」
エドワードの唇がワナワナと震え出し、顔が赤く染まった。
「…エド?」
「バカ、ヤロー…」

言葉とは裏腹に、エドワードはロイの胸に抱き付いて顔を埋めた。
ロイは愛しい少年をしっかりと抱き止めてから。
「私の夢をこれからも叶える為に、ずっと側にいてくれるかな…?」

彼にそう告げると、コクリ、と頷いて。
「当たり前だろ?俺の夢だって、同じだよ…」
黒い瞳に、泣き笑いの顔で答えた。

ロイは誓いのキスのように彼の左手の薬指にそっと口付けると、唇にも優しく触れて。
しだいに深くなるキスに、エドワードも自分からロイの舌に絡み付けた。
「ふっ…うんっ…ロイ、にぃ…」

眼の縁に浮き出た涙をロイが吸い取り、つい、いつもの癖でエドワードのシャツの中に手を滑らせ、感触を楽しんでいると
「…ゴホンッ!!!」
アルフォンスの咳払いがドアの向こうから聞こえた。
「…っ!!!」
ここはひとまず抑え、また後でじっくりと楽しむ事で2人は合意した。


2週間ほどでアルフォンスとホーエンハイムは、また次の発掘現場へと海を渡った。

アルは通信教育を受けているので、学校に通わなくても平気なんだよな、羨ましいぜ。
空港まで見送りに行くと、アルがロイ兄に何か手紙みたいな物を渡してた。

多分アレだ、どうせ俺の攻略法とか書いて渡したに違いない。
アルはロイ兄に何かと俺の事で協力してるらしいんだよな。
ま、仲が良いのはいい事だと思っておこう。

そしてまた当分は2人きりなので、ロイ兄との楽しい生活が待っている。
これからも、そんな幸せな毎日がずっと続いて行くんだ…。

ロイの仕事の鞄の中には、アルフォンスから手渡された5枚ほどの便箋が大切にしまわれている。
一度丸められてまた広げられたそれは、エドワードが昔ロイに宛てて書いた手紙で、
アルフォンスが捨ててあるのを見付けて取ってあったのだ。


中にはエドワードの将来の夢が書かれているのもあった。

2人の重なる夢。

それはお互いが気付かない頃から、既に準備されていたかのように。


-end-


2009-05-09






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