[終極からの兆し]


ホムンクルスとの最後の戦いから数日後。
瓦礫と事態終結の後始末に軍が追われる中、身体の回復の為に入院中のア
ルフォンスを病院に残し、
エドワードは一人ある場所へと足を向けていた。

まだ手付かずの中央司令部の片隅で、エドワードは大佐に頼まれた錬成陣
を地面に描いていた。

 「…よし、完成」
出来上がった錬成陣は、もう二度と書くことはないと思っていた人体錬成
の陣だった。

そして、約束の時間ちょうどに二人分の足音が聞こえてきた。

 「待たせたね、鋼の」
 振り返ると、自分にこの用事を依頼したマスタング大佐と、この男の副官
のホークアイ中尉で。

 「さっさとしろよ、大佐」
これから起こる事に、エドワードは納得していた。
自分とは違う、望まぬ人体錬成で理不尽に目の見えなくなった大佐が、マ
ルコーの持っていた賢者の石で光を取り戻そうとしている事に。


 「これでますます忙しくなるな」
 大佐は少し苦く笑った後、今度はエドワードの手を借りて錬成陣の中へと
足を踏み入る。

 「いいぜ、行って来いよ」
陣から出たエドワードの合図を受け、大佐が深く頷いてから両手を合わせ
地面に手を着くと。

あの、黒い触手のような手が何本も現れた。


「リゼンブールへ帰るのか」
混乱が落ち着きを見せ始めた頃。
エドワードは体力の回復しつつあるアルフォンスを連れ、多忙を極める大
佐の執務室へ顔を出していた。

 「…大佐には世話になったな」
 男の大きな机の上には、彼の銀時計が置かれていた。
 「兄さん、もっとちゃんとお礼言わなきゃ!本当に、ありがとうござい
ました」

 鎧姿から少年の姿を取り戻したアルフォンスが、今は少しエドワードを
見上げながら兄をたしなめ、深々と頭を下げる。

 「じゃあな、大佐」
 銀時計を返却し、国家錬金術師ではなくなった少年が、もう用はなくな
ったとふてぶてしく笑って最後の言葉をかけると。

 「…エドワード」
 低い、けれど耳ざわりのいいあの大佐の声が、初めて彼の名前を呼んだ。

 「なっ…何だよっ!!」
これまで数々の人達と出会い、名前や愛称で呼ばれてきたエドワードだっ
たが。

この男に初めて名前を声に出され、少し、いやかなり動揺してしまうと、
そんな彼の様子を見て、大佐が鮮やかに笑う。
「また、いつでも顔を見せにおいで」

 「…おう」
なぜか、胸がざわめき。でもそれは、嫌な感情ではなく。


大佐が目が見えなくなった時に一番に思ったこと。
それは、彼の姿が二度と見れないことへの絶望だった。

兄弟が部屋を後にすると、残された男は彼の銀時計を愛おしそうに眺めて
から。

自分の軍服の内ポケットへと、大切そうにしまった。


2013-10-15

inserted by FC2 system